2009年10月11日

写真整理

今日は街の写真屋さんに行って、アルバムを買ってきました。
僕の所有する写真の整理のためです。
特に軍艦島関係の写真を整理しましたよ。

10年ほど前に初めて軍艦島に行って以来、たくさんの写真を撮りました。
写真といっても使い捨てカメラの写真ばかりです。
軍艦島、中ノ島、高島、池島、長崎市内。
あの故小島隆之さんの講演の写真もありました。

それらの写真は無造作に積み上げられているだけで、今までロクに整理をしていませんでした。反省です。

写真を掘り起こしては(本当に沢山ありましたから)記憶も掘り起こしました。
もう10年近くになります。
あれから色々あったんだなあ、と、しみじみ。

遅ればせながら「軍艦島全景」を買ってきました。
ゆっくりと鑑賞しています。
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2009年10月01日

夢の中から

このごろ、とみに端島の夢を見る。
夢の中の端島は、決まって実際の端島とは違った姿を僕に見せてくれるのだが、共通しているのは、端島は必ず、荒れ狂う海の上にあるのだ。
穏やかな海に浮かぶ端島を、夢の中で見たことは無い。

僕が始めて端島の夢を見たのはいつだっただろう。
端島に熱烈にあこがれていた10代のころは、あまり端島の夢を見ることは無かった。
今でも覚えている夢は2つだけだ。

1つは、女性のナレーションとともに端島の高層アパート群が現れた。まるでテレビの映像を見るような夢だった。
台風が直撃しているのだろうか?高層アパート、海側の31号棟や51号棟が波を受けている。
淡々としたナレーションは何を言っていたのか、覚えていない。

もう1つは、海沿いの舗装もされていない荒れた道をジープに乗って走っている。
この道をずっと走れば、端島が見えてくることを、夢の中の僕は知っていた。
けれども、いくら走っても島は見えてこない・・・・・・。



今になって僕は端島の夢を立て続けに見るようになった。
不思議なことに、夢の中の端島は、10代のころに見た夢の端島と同じ姿をしている。
やはり、僕は海沿いの舗装もされていない道をジープやマイクロバスに乗って走っている。やがて白波が走る海の向こうに、異様な島影が見えるのだ。
また、軍艦島に関するイベントに参加する夢も見た。
僕の知っている人が、聴衆に軍艦島のことを伝えようと涙ながらに熱弁をふるっている。
先日無くなった小島さんだろうか・・・・・・と思ってみると、そうではなく、今も元気に活動なさっている方だった。
あるいは、僕は高速のエレベーターに乗って、数百メートルも地下の坑道に下りてゆく。
こういう夢を、もう何日も立て続けに見る。
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2009年09月11日

音のない世界

瀬戸内海の小島に所在する商船高専の学生だった頃、僕はMy Little Loverが大好きだった。

今も好きだけど。

当時は高専の寮で、いつもマイラバを聴いていたよ。

特にテストの時期。

僕は普段、そんなに勉強しない。

学生としては模範的ではないね。

テストの前に一夜漬けの勉強。

寮の部屋(個室)で、ジュースを飲みながら、漫画絵の落書きしながら。

そのお供がマイラバだった。

あと卒業研究。

僕の研究テーマは「端島の海事史」。

指導教官の研究室に机とPCを与えられて、毎日遅くまで端島三昧だったなー。

それもマイラバを聴きながら、ね。

そんなわけで、端島のことを考えると、マイラバの曲が脳内再生されるんだ。

僕は端島を研究することで、僕が生まれた理由と生きてゆく道の行き先を探そうとしていたのだろうか。
そんなことは無駄なのにね。
僕はただ端島を感じていたかった。
そのことに気がついたのは最近なんだよ?
端島は、長崎のもうちょっと向こう側の海に、いつでも浮かんでいる。
それだけで良いよね。
それだけで、僕にとっての端島なんだね。

夕方、西日を浴びながら思い浮かべているのは、日給社宅の屋上で海を見ている未来の僕。

いつか、未来の僕が、そこにいる。
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2009年09月07日

夏が終わる

軍艦島研究の第一人者、小島隆行さんが去る8月30日、逝去された。

僕がたまたま訃報を目にしたのは、8月31日の夜。
携帯SNSをいじっていたとき。葬儀は9月1日の午後からだという。
奇しくも、僕は翌日9月1日から休暇で、長崎行きを計画していたのだ。
宮崎発のバスが長崎に到着する、その一時間半後に葬儀が始まるということだ。
僕は急遽、小島さんのお別れに参列することにした。

小島さんとの出会いは6年前だろうか。
軍艦島を世界遺産にする会の設立総会、その打ち上げの飲み会。
僕は未成年だったが、会の理事の皆さんのご厚意で打ち上げに参加し、その席で小島さんの隣(か、隣の隣)に座っていたのだ。
あの長崎駅前の日本海庄やを僕は忘れない。
それほど楽しい、希望に溢れた一夜だった。
なかんずく小島さんが軍艦島を語るとき、本当に楽しそうで、僕の知らない軍艦島の話を聴けるばかりでなく、小島さんの情熱と笑顔は僕の魂に響くものがあるのだ。
好きなことを心から楽しく語り合える、その幸せを、初めて僕は知ったのだと思う。

僕が毎年、憑かれたように長崎行きを繰り返すのは、あの日の語らいの幸福を探しているのではないだろうか。
設立総会に限らず、それ以前の「軍艦チーム」のオフ会の楽しい思い出も・・・・・・・。

かつて軍艦島に暮らした人々が、島のコミュニティを懐かしむのと同じく、僕は軍艦島を通じてであった人々との縁を確かめたいのかもしれない。
人は一人で生きていけないのだとすれば、僕は「人」と出会うためならば、長崎だろうと海外だろうと出かけていくだろう。旅行かばんを引っ提げて。

小島さん、もう一度会いたかった。
もっとお話を聴きたかった。
6年前、鍋を囲みながら、当時流行のテツ&トモの「なんでだろ〜」を踊っていた小島さんの姿が、強く心に刻まれている。
小島さんと会い、お話をした思い出は、とても楽しいから。

偶然が重なって、最後にお別れが出来たことは、せめてもの慰めです。

今回の長崎行きの詳細は、またUPします。
posted by ↑P↓ at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月27日

ホッタラケ・軍艦島・君は太陽

ありゃりゃりゃりゃ!

軍艦島とホッタラケが姉妹島、というニュースを目にしてビックリです。


なぜかって・・・・・・


映画「ホッタラケの島」の主題歌は僕の大好きなスピッツが歌ってますから!!

岡崎律子さんのときも感じましたけど、
軍艦島は僕の人生に否応なしに絡み付いてくるのです。


スピッツ大好き・・・・・。
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2009年07月18日

歌声

僕が見た景色。
僕が聴いた歌声。
僕が口ずさんだ言葉。

国道499を歩く。
それは昼だったり夜だったり、晴れた日もあれば曇りの日もあり、僕は僕らしくもあれば、僕が僕でないような年もあるのですが、軍艦島がすぐそばにある。
それだけは同じ、変わらないのでした。

スピッツ「スピカ」

僕が軍艦島にどっぷりと漬かっていた高専生の頃に好きだった曲。
てか今も好きですよ。
むしろ今のほうが、スピッツ好きです。
しかし当時はスピッツといったら「スピカ」、というくらいこの曲が好きでした。というより、「スピカ」しか知らなかったのかもしれません。

この広い世界を思い浮かばせる曲は、軍艦島と僕を繋いだと思います。スピカを聴けば軍艦島を想い、軍艦島を思えばスピカが勝手に脳内再生という感じです。
当然、僕が軍艦島に会いに行けば、その旅のテーマはスピカなんです。

僕は、いつも高浜海水浴場から軍艦島を見ていました。
夕暮れ時から夜まで。
日が沈んで、すっかり暗くなるまで、砂浜に座って、軍艦島を見ていました。
聞こえるのは波の音だけなんですけど、澄んだ空気を縁取る雲の輪郭がぼやけて消える頃、島の灯台に灯りが点ります。
もう島影も水面も空も、みんな溶けて消えてしまったような気もするのですけれど、点いては消えて、点いては消えてと、いつまでも繰り返す灯台が島の存在を教えてくれました。
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2009年07月16日

トマト

軍艦島のお隣の高島。
端島の兄貴のような島ですが、ここはトマトの栽培が盛んです。
その影響で、僕もトマトが好きです。
正確には、好きになりました。

高島では「永田農法」でトマトが栽培されているそうですね。
土壌に塩気を含ませると、トマトは美味しく育つとは聞いたことがあります。

しかし、僕はまだ高島のトマトを食べたことがありませんので、早いうちに食べてみたいですわ。


ところで、先日、僕が住んでいる某所の知り合いからトマトを貰いました。その人はトマト畑で働いています。
僕がトマトの栽培方法について話題に出したら、トマトを分けてくれました。
やはり肥料に塩分を含ませているそうです。
そのトマトは濃厚に熟していて、甘くて美味しかったです。

長崎中毒の僕は、トマトを食べると高島を思い出します。
posted by ↑P↓ at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月12日

高鍋大師

ちょいと軍艦島から外れた話題です。

宮崎県児湯郡高鍋町というところに、

高鍋大師

という場所があります。
お寺なんですが、お寺というイメージでは括れません。

持田古墳群の端、日向灘と高鍋の町や田園を一望できる丘の上に、妙に角ばった石仏や水戸黄門や恐竜が800体ほど。

一度、お参りに行きました。
神社仏閣のスケールをはるかに飛び越えた個性的な空間で、現代人にはぜひ行ってもらいたい場所でもあります。
なぜか。
これら奇妙な石像に込められた老人の想いを、身体で受け止めて欲しいんです。
日本人みんなに・・・・・・。


ところで、この高鍋大師で警察官がけん銃自殺したそうです。
この場所を選んだ警察官は、なにを想っていたんでしょう。


posted by ↑P↓ at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月11日

はいはいはい

去年、転勤やら何やらで大忙しでした。
言い訳ですね、はい。
放置していてごめんなさい。

身の回りが落ち着いてくると、長崎に行きたくなります。
初めて東京から長崎まで、軍艦島へ旅をした夏のこと。
鮮明に思い出せます。

そもそも、僕が軍艦島と関わるようになったのは、NHKドラマ「深く潜れ」との出会いがあったからこそです。
今、深く潜れのDVDを見返しています。
このことについても、沢山書きたいことがあります。

posted by ↑P↓ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月05日

世界遺産への前進

世界遺産という肩書きは、実は大きな問題ではないのかもしれません。

運動を通じて端島が訴えかけるものを世界に発信していること。それが何よりも尊いと思います。
結果、世界遺産への大きな飛躍へと繋がりました。
確実に、端島のメッセージを受け止める人が増えているのです。

低俗な観光地のようになってしまう懸念もありますが、俺は大丈夫だと思います。

俺は俺で、自分なりに受け止めた「端島の歌」を紡ぐ作業があります。それも前進しています。
いつか示せる日が来るでしょう。
posted by ↑P↓ at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする