2007年04月01日

野母崎海の健康村より

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この光景を見たときにはアンバランスさにかえって魅了された。

整備された庭と軍艦島。

軍艦島そのものも魅力だが、周辺の景色との対比も面白い。

人の支配下にある「こちら」と、人の手を離れた「あちら」。そのアンバランスな魅力を探すのも楽しみだ。
色んな場所から、色んな視点で軍艦島を見てみると良い。
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2007年03月28日

長崎に行ってきました。

11回目の長崎訪問。

今回は僕自身が癒されるための旅なんだと思いました。

でも、「導き」を感じました。

この島が、僕に教えてくれるもの。それを考えました。
今でも考えています。

使命を終えて眠る島。
使命?
日本を西洋に負けない、近代工業の国にすること。
そして現在の僕達がある。
日本は強くなった。豊かになった。
経済が発展した時代、気がつかない間に、失われていったものもある。

軍艦島の「カタチ」は崩壊しつつある。
それでも崩れない「何か」。
軍艦島・・・・「端島」を故郷とする人々の想い。それは、今でも生きている。

決して崩れない。
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2007年03月06日

軍艦島周辺案内 高浜

長崎市高浜町。
東シナ海に面し、三ツ瀬、端島(軍艦島)、中ノ島、高島や晴れた日には池島や五島も一望できる景勝の地。かつて端島の行政権は高浜村に属してた。端島との関係が非常に深い場所なのだ。

端島が最も軍艦のように見えるのも、高浜からの眺め。
やぐらが聳え立っていた時代、炊事に窯を使っていた時代は、まさに石炭焚きレシプロ機関の軍艦そっくりだっただろう。現在はやぐらは解体され煙が立ち上る事も無く、現代の軍艦の姿にそっくりなのは皮肉な事だ・・・・と思う。

長崎駅から乗ったバスに揺られる事30〜40分。その車窓から見る軍艦島は、いつ見ても心が躍る。たまに途中下車してゆっくり国道499号線を歩きながら見る軍艦島も・・・・・。夏は日影がないので少々、暑いが。それにフナムシが多い。

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写真は高浜漁港。
平成17年5月、卒業研究で訪れた。

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高浜から見る軍艦島はこんな感じです。
ね、まさに軍艦でしょう!
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2007年03月03日

露店

3月3日〜4日と、僕の地元・深大寺ではだるま市で大賑わいだ。だるまの露店やお菓子、食品おもちゃの露店が立ち並び、参道はぎゅうぎゅうに活気つ゛く。
僕は露店が大好きだ。地味な性格だと思っているが、それでいて祭り好きなのかもしれない。人と人との交流を望んでいるのだろうか。かといって人ごみが好きなわけでは無い。都心やラッシュの駅は苦痛だ。自分の事にしか興味の無い、空虚な人々の集まりには近寄りたくない。
しかし、お祭りや伝統的な市には人情が溢れている。だから人が多くても苦痛では無いし、そうした場所が好きなのだ。
昔は焼きそば、あんず飴、りんご飴、ベビーカステラ、ソースせんべい、お好み焼き・・・・と色々な珍しい商品に目移りして、お金があっという間に消えてしまうのだが、ベジタリアンになってからは食べられるものが限られるので、お金も節約できるのが嬉しい。僕は干し柿を買った。
もちろん新しいだるまさんも買う。なかなか可愛い顔のだるまさん。一目で気に入った。

ところで、端島では朝市が立っていたし、お祭りもあった。
朝市では長崎や野母から行商人がやってきたと言う。野母や蚊焼はこの端島・高島への新鮮な野菜の販売でとても潤ったらしい。
では、お祭り(山神祭やメーデーなど)では露店は出たのだろうか。端島での露店の出店を仕切っていた庭主はいたのだろうか。
その辺りはまた調査したい。
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2007年03月01日

3月は

3月下旬、長崎に行こう!
軍艦島周遊や高島探索はもちろん、お世話になった人々にお礼も言いたい。取材もしたい。
軍艦島の研究もしているし、小説を書きたいんだ。
そうそう、暑くなる前に中ノ島にも再び上陸したい!2年前に上陸したときは、夏真っ盛りで草ぼうぼう、エライ目に逢った。ほとんど中ノ島の調査は出来ず、無人島一人ぼっちだったからねW
波が穏やかならいいんだけど。

どうやって行こうかな。

青春18切符?
ヒッチハイク?

悩むね〜。旅行の計画を立てているときって幸せだ!
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2007年02月25日

軍艦島周辺案内 香焼編

旧香焼町(現在は長崎市香焼町)は僕にとって非常に思い入れが深い。かつて船が唯一の外国との接点だった時代、港が異国への憧れを誘う場所であったように、香焼は僕の軍艦島への入り口だった。

現在でも、香焼所在の海上タクシー美津丸では、軍艦島周遊を行っている。高島への便もあるが、予約を入れればその合間に軍艦島を周遊してくれる。僕はいつもこの海上タクシーを利用する。
元高島の炭鉱夫だった船長と、やはり高島炭鉱で働いていた奥様が親切に案内してくださる。全国の軍艦島ファンにとっては親父・御袋のような存在だ。

NHKドラマ「深く潜れ」でも、劇中で登場する。船長と奥様も出演している。


さて、僕が初めて軍艦島に入ったのは15歳のとき。もう6年も昔だ。
長崎駅からバスに乗って香焼の港を見たときの昂揚感は忘れられない。初めての一人旅で、もうすぐ憧れの場所に辿り着こうとする期待、少しの不安。「香焼町役場」のバス停(現在は「香焼行政センター」)で降りるはずが、降り過ごして終点の香焼恵里まで行ってしまった。季節は8月の炎天下。歩いて戻るときの暑さも、また一人旅の情緒を演出するかのようだった。途中で古い木造の食料品店で清涼飲料水も求めた。店のおばあさんは、「何処から来たの?」と僕に尋ねる。「東京です!」。そう答えた僕を見て驚く顔も、また「遠くへ来たんだ!」と実感させた。

香焼にもかつて炭鉱が存在した。
跡地はだだっ広い荒野になっている。そこから、やはり炭鉱の島であった横島(現在はほとんど水没)、高島、中ノ島、そして端島(軍艦島)を見る事が出来る。

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2007年02月19日

レーダーで捉えた軍艦島

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軍艦島の写真は数多くあり、衛星写真も多い。
でもレーダーから軍艦島を見る機会は、一般には少ないだろう。

写真は練習船「青雲丸」実習船橋のレーダーで捉えた野母半島周辺の映像。
どこが端島か、わかりますか?
デジカメが壊れていて、フラッシュが解除できずこんな写真になってしまった。

練習船から軍艦島を見る機会は何回かあった。
日本丸乗船中、唐津〜八代湾の航海中も夜の端島を見た。その時、実習生は当直に入っていなかったが、当直士官に許可を取り船橋に行き、確かに肥前端島灯台の灯光を確認。海図に記載された通りの白い閃光を確認できたときは感動的だった。
青雲丸乗船中は長崎に寄港する機会もあり、端島を目にする機会は多かった。日本丸と違い普段は無人の実習船橋もあり、航海士の許可を得なくても自由にレーダーや双眼鏡で端島を見ることができた。
posted by テラシマ ヒロユキ at 13:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月18日

seesaaブログの事

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僕がこのseesaaブログを使い始めたのは、軍艦島の恩師・Sさんの紹介だ。
僕は高専2年生の頃からホームページを開設していたが、学校のサーバを使っていた。卒業してしまえば使えなくなる。
卒業を見越してサーバを無料レンタルサーバに移転したが、非常に使いにくく難儀していた。思うように更新ができず、サイトは停滞した。
そんなとき、Sさんから「ブログにしてみたら・・・・」をアドバイスを受けたのだ。
Sさんもseesaaブログを使って軍艦島の姿を伝えている。
「ブログっすかぁ。まあ、考えてみます・・・・」
僕はあまり気が乗らなかった。ブログが流行している時期だったが、流行に乗るのが嫌いな捻くれた僕。「ホームページ(webサイト)=本格的、ブログ=ショボイ」という思い込みもあった。

僕にとって、「自分の想いを伝える事」。それがインターネットを使う大事な目的である。
果たして「ショボイ」「流行の、言い換えれば乱立気味で存在が相対的に軽い」と思い込んでいたブログで、その目的が達成できるのだろうか。
そんな不安から、なかなかブログには手を出していなかった。
しかし、サイトの更新がいよいよ難しくなり、僕にとってはブログしか選択肢が無くなったのである。
「よし!やろう!ブログから想いを発信するのだ!」
やっと、そう決意したのが平成17年の9月。

だが、「ショボイ」「存在が軽い」という思い込みはすぐに打ち砕かれ、使いやすさと反応の多さに驚き、感動した。
コメントのシステムは今までのBBSとは異なり、すぐに、気楽に感想を伝える事が出来る。
更新も簡単で、HTMLの知識など要らない。考えたことを「すぐ」「楽に」発信できる。

ブログによって意見発信が容易になった事、それは個人の存在を軽くするのではなく、いよいよ個性が輝き世界と調和する時代がやってきた象徴なのかもしれない。
posted by テラシマ ヒロユキ at 19:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

嵐の中

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いつか夢を見た。

コンクリートで固められた不思議な島。
いくつもの建物が岩盤に這うように建てられ、天に伸びている。
しかし、人の気配は無かった。
全てが朽ちつつある、廃墟の島。
強い風と波に翻弄されながら、静かに、しかし強く、僕を見下ろしていた。

NHKのアナウンサーのような無機質なナレーション。彼女が何を喋っていたのかは思い出せない。
ただ、波飛沫の中、廃墟が僕を見下ろしていた。それだけは鮮明に覚えている。
「軍艦島だ!!」
夢の中で、僕は廃墟の正体に気がついた。

廃墟。しかし、死んではいない!!
何かを伝えようとしている。
僕は、そのメッセージを受け取りたい。
posted by テラシマ ヒロユキ at 23:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月03日

労働争議

端島の労働争議ってどんなだっただろう。

映画「緑なき島」は組合運動が重要な場面になっている。
漫画「人間交差点」にも端島をモデルにした話があるが、労働組合がらみの揉め事から悲劇となる。

調査してみたい。

ちなみに、三井三池炭鉱の有名な争議では、第一組合と第二組合に分裂し騒動となったが、一般に第一組合の言い分、つまり「第二組合は会社が設立した御用組合」という印象が強い。
しかし、今日、大牟田出身の男性から聞いた話では、宗教団体「生長の家」の信徒組合員が「資本家と労働者」に分裂して対立・争う地獄をどうにかして納め、調和させようとして第二組合を設立したのだという。生長の家では「天地一切との和解」を根本に据えているから、「闘」や「争」や「搾取」
という発想は無い。対立も搾取も争いも無い、労使一体の職場を築こうという理想があったのであり、決して会社のちょうちん持ちの茶坊主であったのではない。

物事は一方の言い分だけ聞いたのではわからないウラがあるものです。
posted by テラシマ ヒロユキ at 23:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする